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私のスジャータ

2019/05/18

 

故障明けで走り込み不足のまま、気合と体調だけは十分で、いざ仙台国際ハーフへ出陣。512日、雲一つない晴天のマラソン日和。こりゃあタイムが悪くても天候のせいには絶対できませんな。新緑の杜の都。目標完走タイムを控えめに予め自己申告したところA~Fブロック中の最終Fブロックから(つまり最後尾からの)のスタートに振り分けられてしまいました。おかげで最終ブロック手前からスタートする芸能人集団を間近に見ることができました。写真には小島よしおも写っています。ランニングウェア姿ですが、最後はいつものあの海パンスタイルで(彼のブログにゴールシーンが載ってますよ)ゴールしたらしいです。他にAKB48メンバーも出走しました!

 

今大会のアンバサダーを務めるQちゃんこと高橋尚子さんはスタート地点でランナーを激励し続けてくれました。『いってらっしゃーい、楽しんできてねー』ランナーを見送ったあと走りはじめたようで、すぐに私を軽々と追い抜いていきました(スマホで走りながら後ろ姿を写真撮影、オレンジ色のウェアの女性です)。私を追い抜いて行くとき、他のランナーから『速い!』と声かけられると、Qちゃん『そうですかあ、肉離れしたので抑えてます!』Qちゃんはその後もコース上でランナー達を迎えてくれて、私もゴールまで2回もハイタッチしていただく機会がありました(忍者のように神出鬼没!)。Qちゃんは人気がありますね、さすが。

 

さて1万人参加でほぼ真ん中くらいの順位で私はゴールしたので約5000人近くのランナーをごぼう抜き?したことになりますが、さすがに走り込み不足がたたって最後の5㎞はスピードが上がらず、自己ベスト更新には程遠いタイムでゴール(泣)。定禅寺通り、青葉通りの欅並木の木漏れ日は素敵で吹く風も爽やか。郷土色豊かな踊りの応援団、ほとんど途切れなく応援する市民の方々。ほんと走っていて気持ちよかったです。さすがに人気の高い市民マラソン大会ですね。沿道の小さな子供たちとも沢山ハイタッチしました。とっても元気もらえたよ、ありがとうね。

 

こんどのシーズンではフルマラソンデビューしようかな。実は、大学生時代(うん十年前)に一度だけフルマラソンを走ったことがあるんです。大学主催のマラソン大会で、伊豆戸田の起伏の激しいコースでした。若さに任せて調子よく走っていたのですが、40㎞手前で、走ろうという意識はあるものの脚が前へ出ないフラフラ状態(いわゆるハンガーノック)となり、ゴール目前でとうとう戸田の沿道のお店(お豆腐屋)によろめき入りしゃがみこんでしまいました。そのお店のお婆さんに豆乳を一杯いただき、少し回復をみせ立ち上がることができ、よろよろとしながらも無事ゴールできたことを覚えています。あの時の豆乳の美味が今でも忘れられません。フルマラソンの距離は長い。。。たいていのランナーは初フルマラソンで完走すると感激のあまり涙するといいますね。私は、ゴール地点で戸田の海岸の道路でぶっ倒れて、看護師が血圧を測ってくれたのを覚えています。血圧の数値の報告を聴いた医師が、『大丈夫、死にはしない』。涙どころか声も出ない憔悴しきってました。

 

話が飛びます。伝説によると、かのシッダルタ王子(お釈迦様が若いころ)、6年におよぶ断食などの苦行で衰弱しまともに歩くことさえできなくなって苦行林を出たとのことです。そして衰弱した身心の力を回復しなければ正しい智慧は得られないと考え、まずはニレゼン河で水浴。しかし疲れ切ったシッダルタは岸に這いあがる気力もなく、通り合わせた村の娘に乳の粥の布施をもらい元気を回復したと伝えられています。これを機にシッダルタは断食などの苦行を放棄し、真の悟りへ(ブッダとなる)のきっかけとなったらしい。ちなみにこの村の娘の名前はスジャータ(どっかで聞いたことのある名前ですよね)。

 

Qちゃんだから言える言葉『いままでに、いったいどれだけ走ったか。残すはたったの42キロ』。最後に、先ごろ亡くなられたQちゃんの師匠である小出監督の名言集から一つ、『何も咲かない寒い日は下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く』。合掌。